ギニアに到着して10日目を迎えようとしています。そろそろ第1弾目の原稿作成を本格化させないといけないですね。
にしても、大分ギニア感覚に慣れてきました。
昨日の話に戻りますが、ダンスの練習場はホテルから約30分のところにあります。
簡単にありますと言いますが、今だから言えることで、昨日は実際には場所を見つけられるまで約2時間かかりました。
その様子を振り返ってみましょう。
ダンスの練習の見学に誘ってくれたギニア人の男性が、僕に伝えてくれたのは、「Dixin(ディキシン)という地区で【Maison des jeunes】(メゾン・デ・ジュネス)といえば誰でも分かる場所で練習している。『【Maison des jeunes】という建物はどこか』と聞いたら、みんなが教えてくれる」ということでした。
そのときは【Maison des jeunes】がなんたるかをよく分かっていなかったので、何となく市立体育館的な固有名詞なのだろうと思っていました。
コナクリ市は首都ということで市域がそのまま、1つの州として扱われます。その州が5つの行政区に分かれており、その1つがDixinです。
約30分ほどつらつら走っていると、通りの住所を示した看板に「Dixin」と書いてあります。
「ここがDixinか、そろそろ人に尋ねるか。なんと言えばよかったけ」
実はフランス語は、大学の時、第2外国語として選択しておりました。
しかし、ほとんど身についておりません。その結果がこれです。
教師の名前はトンポールだったと記憶しています。このトンポール氏だけがそうなのか、フランス人全員がそうなのか、どうも、僕の名前が呼びにくいようです。
毎回出席をとるとき、「マツトシ↗・ティカギ↗」とかまともに呼ばれたことがありません。確かに、「ツ」というところは発音しにくいと聞いたことがあります。しかし、彼は、何度言っても、「カツトシ」の「カ」を「マ」と読むのです。
「アルファベットが全然違うやろ!」と何度抗議しても「マチェトシ・タカギ」といっそうひどくなっていったトンポールに嫌気がさし、だんだんフランス語が嫌いになっていったのでした。
授業では、デカルトの哲学書などを読まされたりしたのですが、結局、どの科目もほとんど「可」で逃げてきたのでした。
しかし、市場やレストランでのメニューがなんとなくわかるとき、ちょっとは役に立っているんだと思い直します。
そうこうするうちに、ある日の会話の授業の記憶がよみがえりました。
英語でいうと「I want to~」という表現を習う日でした。「Je(私は) veux(したい) aller(行く) au cinema(映画館に)」とあほくらい復唱させられたものです。
「Je veux aller au 【Maison des jeunes】」
「あっちだよ」
通じた!
有頂天になった僕はほぼ100メートルにおきに同じ質問を歩行者に投げかけます。
やがて「おまえの後ろにあるよ」とゆびを指されました。
確かに、建物には【Maison des jeunes】と書いてあります。
紹介者の男性に電話しました。「【Maison des jeunes】に着きました!」と。
男性は「分かった。すぐに表に迎えに行くよ」と答えました。
しかし、5分待っても、誰も現れません。
そうです。場所を間違えていたのです。
【Maison des jeunes】とは日本語で「青年の家」。町内に1つずつくらいある憩いのスペースです。
固有名詞でもなんでもありません。
こうして僕は、それから2時間後、その日、3つめの【Maison des jeunes】でようやくダンスの練習を取材することができたのでした。


by damens
Gii-taka meets meat!