<< 2012年02月 >>
12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
272829

Gii-taka meets meat!

2012/02/23 19:29

 

 キンディアのインターネットカフェからお送りしています。

一番の繁華街にあったのですが、探すのに一苦労しました。

 

「インターネットカフェはありますか?」と聞くと、ネスカフェとかカフェオレはあるよ。と喫茶店に案内されたり、「インターネットを使いたいのです」というと、行政機関に案内されたり・・・。

 

しかし、町のネットカフェは、有線ですが、コナクリより早いです。

 

 ここ、キンディアでは、だいたい食べるものはコナクリと同じなのですが、より内陸に位置するためか、お肉を売る店が多い気がします。

 

ということで、お肉祭りの開催です。

 

お肉屋さんは、基本的に夕方から開店です。

 

羊の肉がこれで1万GF(約100円)です。だいたい両手のひらのサイズくらいに薄くスライスして焼きます。

 

 

こちらは、牛です。

 

 

これも1万GF。味付けは基本的に塩のみ!野趣あふれています。

ギニアの人は、羊がお好みらしく、羊肉を売っている店はいつも繁盛しています。油分が少ない分、日本で食べるよりあっさりしています。

 

僕としては、やはり牛の肉の方がおいしく感じますね。しかし、脂身はないので、固いですが、それでも十分です。

 

キンディアへ行く道すがら、こんなものを売っていたりもします。

 

 

大きいほうが13万GFで、小さいものが7万GFだそうです。

 

キンディアに発つ際に、同居しているギニア人らからは、「鶏肉を買ってこい」としきりに言われました。出発直前は、「いってらっしゃい」のあいさつのかわりに、貸し切りタクシーの窓を叩きながら、「鶏肉!鶏肉!」コールです。

 

コナクリでは魚にくらべて高級で、日常生活では食べられない鶏肉も、「キンディアでは、1万GFで買える」かららしいのです。実際は、市場では5万GF、その辺の家で飼っているものを安く譲ってもらいました。

 

今晩、コナクリに戻ります。

僕は元気です。

カテゴリ: 世界から  > 中東・アフリカ    フォルダ: ギニア

コメント(2)  |  トラックバック(0)

 

呪術と科学

2012/02/19 00:30

 

ギニアには、呪術的な信仰がまだ色濃く残っています。チンパンジーの腕を食べる話などはその1例と言っていいでしょう。

 

部族の村には誰も入ることが許されない宝物庫があり、そこに迷い込んだ子供が、宝物庫から出てくると、不思議な踊りを踊りだしたなんて話もあるくらいです。これを機に彼はその宝物庫に保管されてあった部族伝統の舞踊マスクを管理することになり、ダンスの名人に成長したというのですが、これが遠い昔話ではなくて、現役の国立舞踊団の一員の逸話だったりします。

 

農村には、精霊が住んでいるということで、誰も開墾しようとしない森が一角だけポツンと残っているという場所もあります。

 

鉄鉱石の採掘が始まろうとしているギニア南東部にある、世界遺産のニンバ山が聖地とされており、今後、開発が進めば、野生のチンパンジーの生存環境保全の観点と合わせて、開発反対運動が起こることは必至となっています。


日本では各地の民話集や寺社の縁起などを集めている、妖怪研究家の自分としても、こうした民間伝承は興味をそそるところです。地方をゆっくり巡りながら、こうした話を集めてみるのもまた一興かもしれません。

 

ちなみに、日本人の女性と結婚したギニア人男性が日本からのお土産に、ちょっとエッチなDVDを買ったそうですが、奥さんがパッキングをしたときに、中身を確認しようとすると、「それを見たら呪いがかかるぞ!」と脅してきたそうです。

 

日本でも、そういうビデオやDVDにドキュメンタリー番組のお堅いタイトルをつけてごまかすなんて話をよく聞きますが、こういう類いの男の嘘は、洋の東西を問わず、似たようなもんです。

 

一方で、この国では、人々は不思議と科学的な知識もきちんと持っています。道ばたでテレビを修理している人などは、土埃が舞う中で基板をむき出しにしてテレビの配線をいじっています。こんな汚い中で機械を分解することは信じられないのですが、ハンダ付けとかをすればそれでもちゃんと映像は映るようになるんです。


また、各家庭の屋根や壁に、こんなものが設置されています。

 

 

夜になると、電気が灯る・・・わけではありません。これはテレビアンテナです。

 

そういえば、高校生のころ、物理で波の性質の授業のときに、テレビアンテナの電波受信の仕組みを学んだ気がします。もう思い出せないのですが、結構単純な話だったような・・・。でも、蛍光灯で電波を受信できるなんてのは聞いたこともありません。

 

誰か、分かる方、解説をよろしくお願いします。

 

さて、ギニアでの生活も残すところあと1週間となりました。来週は、再びキンディアに行き(今度は自転車ではないです)、現地のスス族の生活に密着します。

 

これで、長かったようで、あっという間だったギニア生活の全日程を終えることになります。

 

それでは、残り少ないギニアを、食傷気味ではありますが、満喫したいと思います。

カテゴリ: 世界から  > 中東・アフリカ    フォルダ: ギニア

コメント(6)  |  トラックバック(0)

 

ギニア東方見聞録7~下り×回復×雨男~(2月6日、ダラバ~マムー)

2012/02/19 00:14

 

さすがに、フランス人の避暑地だけあったダラバは夜も快適で、無理矢理にでもご飯を食べたおかげか、心なしか体調も戻ってきている気がします。

 

さて、先を急ぎましょう。マムーでは7日に現地で農村の調査を行っている日本企業を取材する予定となっており、今回の旅の重要な目的地です。

 

それにしても、なんだか雲行きが怪しいです。学生時代、北海道に行けば、何年ぶりかで台風が直撃して道が崩れ落ちたり、3月の和歌山では雪が降ったり・・・。夏に自転車に乗れば、ほぼ決まってゲリラ豪雨に見舞われ、自分の周囲、数キロだけが雨だったということもありました。そう、僕は雨男。

 

照りつける日差しがないことは自転車に乗る身としてはありがたいのですが・・・。

走っていると、感じるか感じないかの微妙なところですが、確かに水滴が頬を濡らします。雨です。さすがに、それ以上雨の勢いが強まることはなかったですが、「乾季のアフリカで雨が降る」という伝説をまた1つ作ってしまいました。今度は砂漠地帯にでも行ってみましょうか。行くだけでODAです。

 

 

 

岩がむき出しの険しい景色とは裏腹に、激しい起伏もなく、この日は楽に走ることができました。

 


 

道ばたの花を愛でる余裕も出てきました。

 

下校途中に、水汲みをする小学生の姿がなんとも牧歌的です。

 

 

3時間ほどで50キロの道のりを完走しました。

 

マムーはフータ・ジャロンの玄関口として、海岸ギニア、フータ、高地ギニアを結ぶ交通の要衝でもあります。そのため、道路の傷みが激しく、町の目抜き通りでさえも舗装ははがれ、赤土が舞います。

 

 

久々のギニア飯も半分くらい食べることができました。牛のモツ煮込みをご飯にぶっかけた臭い飯でした。

 

約束のホテルにも無事到着し、取材相手とも合流できました。自転車だと思われていなかったので、大変驚かれました。ホテルの従業員から「日本人が自転車で来たぞ」と連絡がいったようなのですが、実際会うまで信じてもらえなかったようです。

 

「てっきりバイクで来たのかと思った」、と言われました。できるなら僕もそうしたかったです。自転車なんて、クレイジーにもほどがあります。意地だけがこの旅のモチベーションです。

 

もしも、もしも、仮に、奇跡的な確率で、再びギニアに来ることになったら、バイクで高地ギニアとか、森林ギニアを旅してみたいもんです。

カテゴリ: 世界から  > 中東・アフリカ    フォルダ: ギニア

コメント(2)  |  トラックバック(0)

 

ギニア東方見聞録6~ダラバ・DE・ダラダラ~(2月5日、ダラバ)

2012/02/18 23:59

 

 ダラバは植民地時代、支配者のフランス人たちが休暇を過ごした避暑地です。

ホテルの受付でお値段を聞いてみます。

 

「14万GFだよ」

 

!?

お安いではないですか!どう見ても、初日のホテルタタよりも豪華なのに!これまでの宿はピタを除いて、すべてロンリープラネットに書いてあるお値段から倍以上に値上がりしていた(ロンプラが2年前の発行のものだが、情報が古すぎるのではという疑いもある)のですが、こちらは1.5倍になっているだけ!即決です。

 


 

部屋は広く、バスタブもあり!(お湯は出ません)。豪華なレストランもついています。調度品も伝統工芸で統一されています

 

 

裏庭には、展望台があります。

 

 

そこからの眺めもこれまた絶景かな!


 

体調を崩していることも吹き飛びます。

さっそく町に繰り出してみましょう。

 

モスクを中心に市場が広がっています。何かお腹に入れましょう。ただ、米は重くて入りそうもありません。通常はサンドイッチの具にする豆を煮込んだものを単品でいただきました。

 

フランス人が余暇を過ごした場所らしく、昔のフランスの植民地総督の住居だそうです。

 

 

町を歩いていると、ツアーガイドを名乗る男が話しかけてきました。

「近くには滝もあって、トレッキングもできるよ。今から行くかい?ノープロブレム!」

男は、ヨーロッパからの観光客がトレッキングをした写真などを見せてきました。

ギニアの山の中にはいたるところに滝などの大自然が広がっていますが、ダラバの滝は確か、町からは30キロ以上離れていたはずです。今はもう午後4時を回っています。


経験上、「ノープロブレム」と言われて、問題がなかった試しはありません。真っ暗な山の中なら何をされることやら。親切そうなおっさんだったのですが、丁重にお断りしました。

 

小さいながらも博物館もあります。代わりにそちらに案内させてお茶を濁します。

 

 

ここには、植民地時代のちょっとした資料や書籍、伝統マスクなどが置かれています。

 

 

電気が来ていれば、インターネットもできるらしく、入場者の案内を任せる代わりに中高生に開放しているようです(日中、電気はないのでネットは使えなかったです。いつ使えることやら・・・)。

 

ホテルに戻り、なんやかんやで夕飯にしましょう。あれだけ豪華なレストランですもの、期待が高まります。普通の食事は重いので、スープとかあったらうれしいな。

 

 

午後8時ごろからレストランは開店です。すでに先客がいます。

期待を込めて、

「メニューをください!」

 

給仕のおばちゃん「ないよ」

 

「え!?」

 

おばちゃん「鶏肉の焼いたやつだけ」

 

僕「あ、あのー、ス、スープが欲し・・・」

 

おばちゃん「ないよ。今日は鶏肉」

 

鶏肉のフリットはおいしかったです。

カテゴリ: 世界から  > 中東・アフリカ    フォルダ: ギニア

コメント(3)  |  トラックバック(0)

 

偽物、本物、未熟者

2012/02/16 19:31

 

 今、こうやってインターネットをしている場所は、コナクリの都心「アンビール」地区といいます。大統領府や各国の大使公邸が建ち並び、超高級ホテルのノボテルなども近くにあります。

 

当然、たくさんのお金持ちも集まっているので、それを狙った姑息な輩も多数出現します。

 

ある日、一仕事を終えインターネットカフェを出たときのことです。

水色のシャツを着た小汚い男が話しかけてきました。

 

男「ヘイ!友達!近頃よくここに来ているな」

僕「はぁ」

 

男「この自転車はいい自転車だ!」

僕「はぁそりゃどうも」

 

男「俺は警察だ。毎日、盗まれないように見張ってやってるんだ」

僕「ふーん」

 

ここまでくれば、次の展開はいつもの通りです。

男「だから金を出せ!」

ほんとしょうもないですよね。

 

男を観察して見ましょう。

一応、男のシャツには、ボロボロではありますが、「POLICE」と書かれたワッペンが貼られています。しかし、シャツはしわくちゃ。帽子も被ってないし、警棒などの装備もありません。首から警察IDをぶら下げているということもあるはずがありません。こいつは偽警官のようです。

 

そうと分かれば容赦しなくていいですよね。

僕「なんでだ(怒)」

 

男「ずっと見張っていたからだ!」

僕「金はない!」

 

男「逮捕するぞ!」

僕「やったいいじゃん。ほれほれ!(相手の顔の近くまで手を差し出して)」

 

みな偽警官だということは分かった上で、この男のいうことを通訳しようと英語で話しかけてくる輩もいますし、野次馬も集まってきます。しかし、気にしてはいけません。

 

途中から僕はもう日本語で怒鳴っています。

 

ここまで来ればもう男はひるんでいます。

「明日来たら逮捕するからな!」と捨て台詞を残して去っていきました。

 

「やれるいうんじゃったらやってみぃ!」

なんか最近、ガラが悪くなってきて、とっさに故郷の岡山弁がよく出るようなってしまいました。

 

ある旅行者はパスポートを取り上げられ、実際にお金を盗られたということです。ただ、偽物と本物の見分けは簡単にできるので、冷静に対処することが大事です。

 

近頃は、こちらはそいつの顔を覚えてしまったので、毎回、なんやかんやで「金よこせ」と言われても、無視を決め込むか「偽物」と一言だけ言って撃退しています。

 

ちなみに本物の警官の場合だと対応はこんな感じです。

 

警官「ちょっと止まりなさい」

こちらは、パリっとしたシャツに、黒い帽子に黒の編み上げブーツ。腰には警棒がぶら下がっています。首都の治安を守るなら、やっぱりこうでなくちゃ。

 

僕「何かしましたか。パスポートですか?」

 

警官「いや、見せなくていいよ。昨日、空港の近くでパトロールをしているときにおまえを見かけたんだ。自転車に乗っていただろう?ハハハ」

 

僕「あぁ、ありがとう」

警官「これからもがんばれよ!」

 

コナクリに爽やかな風が吹きました。

 

ただ、本物でもこういう場合もあるので要注意です。

 

警官「ちょっと止まれ!」

僕「なんですか?」

 

警官の装備は一揃えあり、首のIDには「外国人用警察」とあり、フランス語、英語、中国語、アラビア文字など複数の言語で書かれています。どうやら彼は本物のようです。

 

僕「パスポートですか?どうぞ」

警官「国はどこだ」

僕「日本です。(表紙に書いてあるのに分からないのかよ)」

 

顔写真のページと黄熱病の証明書、ビザを順番に見せます。

ビザを見せたときでした。

 

警官「ビザが切れているじゃないか!」

彼はどうやら英語が読めないらしく、ビザの発行日を有効期限だと勘違いしたようです。

 

僕「これは発行日で、有効期間が2カ月と書いてあるだろ(セネガルで発行したものなので)。だから、ビザが切れるのは3月だ。問題ないだろ」

 

警官「いいや!怪しいやつめ!ちょっとこっち来い!」

と上司がいるところへ連れて行きます。

 

らちがあかないし、こちらは何もやましいこともないので、上司に言って話をつけてもらうことにしましょう。

 

上司らしき警官に対し

警官「ビザが切れているやつを見つけました!」

 

上司「何だと!見せてみろ。ふーむ」

すぐに上司の顔色が変わります。

 

「何も問題ないじゃないか。すみません」

すぐにパスポートを返してくれました。

 

そこからは警官に対して、上司のお説教タイムです。

警官は見事に縮こまっていました。

 

こういう未熟者がいるのもご愛敬ということで・・・。

カテゴリ: 世界から  > 中東・アフリカ    フォルダ: ギニア

コメント(3)  |  トラックバック(0)

 

ギニア東方見聞録5~体調不良~(2月5日、ピタ~ダラバ)

2012/02/16 18:39

 

 さぁ、2日目の始まりです。しかし、調子がいまいちよくありません。体が食べ物を受け付けないのです。昨晩もご飯がのどを通りませんでした。風邪治療で服用している抗生物質の副作用と思って、あまり気にしていなかったのですが、お腹が減らないのはちょっとまずいです。

 

カロリーメイトを1本、無理矢理押し込んで、午前8時に出発です。


 

ラベはギニアで最も標高が高い都市なので、昨日の移動は下りがメーンでしたが、今日はアップダウンがきつい道です。ここあたりはだいたい標高1000メートル程度です。

 

 

 

枯れ草を焼いたあとがあり、昨日と同じような丘陵地帯もあるのですが、眼下に湿地帯を見下ろしながら、遠くに岩山がそびえる景色はなんとも美しいです。

 


 

山がちな地形ですが、緑は多めです。向かい風が強く、暑さは感じません。汗もかいていないようです。しかし、ひどくのどが渇きます。1.5リットルの水も2時間ほどで尽きてしまいました。このとき、まだ30キロも走っていません。

 

体の具合を診るには、体からどんなものが出ているかを調べるとよく分かります。しかし、ここ2日間、大きい方はおろか、小さい方すらの全く出ていません。どうやら脱水症状を起こしているようなのですが、汗もかいてないのに・・・。

 

そう思って、ウェアを見ると、真っ白いものが浮いています。触ってみると、パリッパリになっています。塩です。乾いた強烈な向かい風の中を走っていたため、汗が出た瞬間に乾き、汗をかいていないと勘違いしていたようです。口の周りが乾燥でひび割れました。登り坂で息が上がってしまい、口呼吸をしていたことも乾きを早める原因だったようです。

 

すぐに近くの集落で休憩をとります。

 

商店の少年に、「水をくれ」と頼むと、ペットボトルの水を買うつもりが、普通の水道水をコップに入れて出してくれました。ありがたくもらうとしましょう。ギニアの水を飲んでも、僕は平気なようです。お腹を壊したことはないです。

 

都市と都市との間にある小さな集落では、水を売っていることはあまりありません。水は共同ポンプから汲んで飲むもので、わざわざ買う物ではないという感覚のようです。ジュースは売っています。ということで、コーラをボトルに詰めて出発です。さらに、途中、物売りのおじさんから、バナナを買いました。4本で1000GFです。

 

すんなり胃袋に収まりました。脱水症による食欲減退だったようです。

 

そうこうしているうちに、ラベに到着しました。50キロの移動でしたが、4時間もかかってしまいました。

 

町に着くとこの日は山羊の見本市のようなものが開催されているようで、山羊飼いが集まっています。その山羊の群れの中を通り抜け、繁華街の外れにあるホテル街を目指します。

 

ダラバはロンリープラネットに簡単な地図が載っているので、助かります。

 

村の少年が話しかけてきました。ホテルを探していることを告げると、「僕にまかせろ!集落のことはなんでも知っているから」と自信満々。

 

お金を節約するため、できれば安宿に泊まりたいので、ロンリープラネットに書いてある中でも一番安いホテルに行きたいものです。

 

少年が案内してくれたのは・・・。


 

町で一番大きなホテル!ロンリープラネットにも、「町で一番歴史のあるホテル」となっています。

 

さて、僕の財布は大丈夫でしょうか・・

カテゴリ: 世界から  > 中東・アフリカ    フォルダ: ギニア

コメント(7)  |  トラックバック(0)

 

ギニア東方見聞録4~来た、ピタ、分かった~(2月4日、ピタ)

2012/02/16 18:15

 

 ホテルに到着しました。しかし、人が誰もいません。ただでさえ旅人などいないのに、真っ昼間から宿に泊めてくれなんていう客もいないでしょうから当然と言えば当然です。

 

30分ほど、庭先でボーっと待っていたら、支配人らしき人が帰ってきました。

 

「おいくらですか?」

「3万5000GFだよ」

 

「!?」

 

事前に、地方のホテルの相場は10~20万GFと聞いていました。

部屋に案内してもらいます。どんなボロ部屋かと思いきや・・・。

 

ひ、広い!

 

 

確かに電気は来るかどうか分からない上、水道がないのでこんなもんなのでしょうか?それでも安い気がします。寝るだけなので、電気も水道もそんなに気になりません。

 

半信半疑ながらに3万5000GF手渡すと、

OK」とサムズアップ!

間違いなく3万5000GFだったようです。

 

宿も決まったことですし、町を散策することにしましょう。広場では、

男性が機織りをしています。白と黒でチェック柄の布を織っています。



 

小学校の下校時間と鉢合わせしたようです。

 

 

撮影大会が始まってしまいました。(容量が大きくなってしまうので、写真は後日アップしたいと思います)

 

町の近くを小川が流れており、子供達の遊び場になっているほか、集落の人々が洗濯にやってきます。

 

ホテルに戻りましょう。ホテルの部屋をいろいろ見渡してみると、ベッドの引き出しの中に・・・。

 

うぎゃぁぁぁ!


 

備品なのか忘れ物なのか・・・。一応よく見ると、インド製となっていました。現地女性とのふれあいをやたらと勧めてくる先輩へのお土産にしようかと思いましたが、ちょっと触るのも嫌なので、そのまま置いてきました。

 

ホテルはバーと隣接していることが多いのですが、バーで盛り上がった男女がそのままご宿泊・・・。こういうカラクリだったのですね。このホテルは日本でいうラブホテルだったようです。エイズは他のアフリカ諸国同様、この国でも深刻な問題です。予防意識がこんな地方都市まで広がっていることは喜ぶべきことなのかもしれません。

 

だから安いのか、安いのには他に理由があるのか、それはよくわかりませんでしたが、若者の性事情をちょっとだけ垣間見た気がしたのでした。

カテゴリ: 世界から  > 中東・アフリカ    フォルダ: ギニア

コメント(6)  |  トラックバック(0)

 

ギニア東方見聞録3~ピタゴラスイッチ~(2月4日、ラベ~ピタ)

2012/02/15 20:20

 

 いよいよ自転車旅行の始まりです。初日ということもあり今日の走行距離は40キロとかなり抑えめです。肩慣らしといきましょう。

 

例のこそ泥ホテルですが、一応朝食付きですので、遠慮無くいただきましょう。パンを1本食べて、遅めの午前9時半スタートです。

 

所持金がなくなったので、いったんラベの町のATMでお金を下ろします。今後訪れる予定の都市は県庁所在地となっており、だいたいATMがあり、お金もちゃんと下ろせます。コナクリの年末年始のATMにはお金がなかったりしたのですが、今回の地方回りでは、そういったことはなかったです。

 

さすがに機械を通すので、出てくるお札はすべて新札!です。でも、数十万GF引き出す際には、かさばるので、折り曲げにくい新札の方がかえって邪魔になります。

 

さて、街道を行きましょう。山岳部分とはいっても、なだらかな丘が延々と続きます。車はもちろん、人はほとんど見かけません。家畜の山羊のほうが多いです。枯れ草が金色のじゅうたんのようで、非常にのどかな風景が続きます。


 

途中、谷になっている場所でトラック2台による交通事故が発生していました。双方面からカーブしながらの下り坂で、かなりのスピードが出ていたようです。コナクリ方面から来たトラックが道路の右端にあったくぼみをよけようと左に寄ったところに、ラベの方面からも対向車がやってきたという状況のようです。本来は右側通行であるはずが、コナクリ方面のトラックが左端で横転しているのがかなりのスピードが出ていた証拠でしょう。

 

 

幸い病院に搬送されたけが人などはいないようで、コナクリ側のトラックから落ちた商品を大勢の人が片付けていました。

こちらの運転は荒く、しかも、路面のくぼみを避けようと、車は対向車線に頻繁にはみ出すため、注意が必要です。車が近づいているのに気がつけば、最徐行してやりすごしましょう。

 

かなりゆっくりなペースでも、午後0時前にはラベに到着です。街道沿いに商店が並びます。

 

 

ラベの町からそうなのですが、ここいらの主な移動手段は、バイクタクシーがメーンになります。一歩集落に入れば、石ころがごろごろ転がっていたり、雨季の大雨で溝ができていたりと、車では4駆でなければとても移動できそうもないからです。

 

街道沿いにホテルの看板が見えました。

今日はここに泊まることにしましょう。

 

 

出だしとしては快調のようです。出発前の風邪は薬の力ですっかり治ったようです。

 

コーラをペットボトル500㍉リットルのボトル1本飲みました。実は、このペットボトル5000GFで、350㍉の缶6000GFより安いのです。なぜかは飲むとすぐにわかります。このペットボトルはリサイクル品だからです。1度使われたボトルに再びコーラを詰めて売っているのです(きちんと洗浄されていると信じたいですが)。ボトルに密閉性もないので、ずいぶん気が抜けたコーラでした。ある意味、お腹に刺激が少ない分、助かります。

 

こうして、1日目の移動は終了です。ただ、汗もあまりかいていません。お腹もほとんど空きません。

 

楽をしたからなのか、体が何かおかしいのか・・・。

カテゴリ: 世界から  > 中東・アフリカ    フォルダ: ギニア

コメント(5)  |  トラックバック(0)

 

サンコンさん

2012/02/15 20:06

 

みなさんの温かい声援に支えられて、順調に回復中です。ギータカです。

 

世の中はバレンタインなる、甘ったるいイベントがあったらしいですね。インターネットがないとそんなことも分からないです(ただ縁がないだけじゃんと突っ込むのはなしです)。

 

 

ちょっとした仕事の縁で東京でお会いした、PR会社に勤める高校の先輩からメールにてエアチョコを頂きました。まさに「画に描いた餅」!

 

ギニアは甘いものには事欠かないのですが、いわゆる「スイーツ」には飢えております。

 

僕は1カ月遅れでも、全然文句は言いませんよ。

いつでも差し入れにきてもらって大歓迎です。

 

こちらでもバレンタインは恋人たちのイベントらしく、男女でものやカードを送り合ったりするそうです。欧米と同じですね。

 

そんなこととは全く関係のなかった昨日、夕方に空港の近くを散歩していると、流ちょうな日本語で「こんばんは」と話かけられました。

 

びっくりして振り返ると、1人のギニア人の男性が立っています。

 

男性「私はサンコンさんの弟です。ここがサンコンさんの家です。どうぞ」

 

「!?」

 

サンコンさんは、コナクリから北に60キロほどにあるボッファという都市出身だと聞いていましたが、現在、家族はコナクリ周辺に移り住んでいるらしいのです。

 

普段、アジア系の人に対しては条件反射的に「中国人!ヒーホー(ニイハオと言えない)」と声をかけてしまうギニア人に対して、「いきなり中国人というのは失礼だよ。俺たちは日本人だ。せめて、『どこから来たのか』と聞け!」と教育しています。おかげで、現在暮らしている家の周辺30メートルの子供達は、僕らに対して「日本人!」と声をかけてくれます。

 

そして、このサンコンさんの家の周りでも同様です。それどころか「名前は?」と日本語で聞かれます。「タカギだ」というと「タカギ」コールが起こります。子供達はなぜか、僕を取り囲み、頭をなでたあとの手で、自分の頭をさすります。仏像にでもなったような気分です。

 

サンコンさんの家にはサンコンさんが鳥取の農協で撮った記念写真や、サンコンさんの書が額に入れられて飾られています。

 

サンコンさんが書いた字は「花開く」と「月は心の鏡なり」です。ちなみに、サンコンさんを漢字で書くと「三魂」となるらしいです。


あまりの急な出来事にカメラを持っていなかったことが悔やまれてなりません。

「写真を撮りにいつでも来ていいよ」と言われたので、時間があればまたお邪魔したいと思います。

 

出発前になんとかサンコンさんに会えないものかとがんばったのですが、結局会えず終いでギニアに来てしまっていました。本人に会う前に家族の家に行くという珍事になってしまいました。

 

帰国したら、在日ギニア大使館の方にご報告がてら、サンコンさんともお会いしたいものです。

カテゴリ: 世界から  > 中東・アフリカ    フォルダ: ギニア

コメント(2)  |  トラックバック(0)

 

生活水準低下中

2012/02/13 20:40

 

 3連投の最後、今回は東方見聞録は一時休憩です。

 

最近、横になった瞬間や立ち上がったときに、目が回ります。家庭医学大事典で調べると、「良性発作性頭位めまい症」の症状とよく似ていて、疲れなどが原因のようです。この通りなら、ほっといても治るらしいので、経過を観察したいと思います。ここ数日様子を見ていたのですが、少しずつ良くなっている気はします。ただ、素人診断は危険なので、体調に変化があれば即病院に行きたいと思います。

 

空港の家に戻ってから、生活水準の低下が著しいです。

 

想定されていたことですが、食べ放題だったマンゴーも、僕が地方に出ている1週間でほとんどなくなってしまいました。4~5人のギニア人がよってたかって乱獲すれば、1本しかないマンゴーの木ですから、そりゃなくなります。

 

こちらの人のあきらめのよさというか、まだ実はなっているのですが、枝の先の方にあったりと採るのが難しい場所にあるといって、いっさい挑戦しようとしません。だいたいどんなことに対しても、こんな感じで刹那的な生き方をしており、新しいことや難しいことは極力避けようとするのです。先のことを考えるとかという習慣があまりなく、幸か不幸か、その日暮らしでも食べ物にも困らないため、砂漠地域に比べて、農産物にしても、海産物にして貯蔵法としての食品加工技術はあまり発達していません。

 

マンゴーがないくらいなら、いくらでも我慢できるのですが、今、水道が使えなくなっています。

 

庭でギニア人たちがサッカーをしているのですが、あまりに本気でボールを蹴りすぎて水道管を破壊したからです。破壊するのに1日、当然その日のうちに直すことはありません。次の日に業者が来て、一日中作業した挙げ句、水道管が通る部分の家の壁を壊す際に、また水道管も一緒に壊してさらにもう一日。一応、水道管自体は直したのですが、再び水漏れ。

 

水漏れを防ぐ部品がないとかで、部屋の水道が復旧することなく数日が経過しています。

 

 

対処療法的な毎日でなかなか生活が進歩しないのもこの国の特徴です。

 

あぁ温泉に入りたい。

カテゴリ: 世界から  > 中東・アフリカ    フォルダ: ギニア

コメント(4)  |  トラックバック(0)